パリ象來ぬ ブ男ログ

寛容について

「寛容であること」はより良い国際社会が現実化してゆくときに重要になってくるのではないかと常日頃から漠然と思っていた。
ところが先ほど資料として、増田渉の『中国文学史研究』を読んでいたところ、魯迅の次の文を見つけてしまった。

 「他の者の歯や眼を傷つけておきながら、報復に反対したり、寛容を主張したりする人間には、断じて近づいてはならぬ」

元々遺書として「家族に書きあたえたもの」七箇条のうちの七番目の文である。
《且介亭雑文末編付編》所収の〈死〉という雑文の一節である。ちなみに原文は、以下のとおりである。
 
 損著別人的牙眼,卻反對報復,主張寬容的人,万勿和他接近。

中国では刘晓波死去の情報が当局によって封鎖されているようだ。いまだに報道が著しく制限されている現状では当局に連なる人々も寛容なんてとんでもないと思っているのかもしれない。経済の方面では爆発的に発展したのに、根本は魯迅の生きていたころとまだ変わりがないのだろうか。



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by Pariszoukonu | 2017-07-15 13:52 | 読書メモ | Comments(0)
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